運転手は先生であり乗客は学生

変わったのは学生ばかりでなく、先生の方も変わってきた。個人的接触を通して学生を指導することがむずかしくなるので、学生委員会、図書館委貝会、カリキュラム委員会など、大学生を管理するためのいろいろな委員会が設けられ、その仕事を分担することになる、したがって、きみたちから見れば、先生は自分たちを管理するものでもある、ということになる。だから、一九六〇年の安保闘争では、学生はわれわれ教師たちを自分の陣営のものと考えたが、七〇年代の大学紛争では、自分たちを管理するものとみて、攻撃の対象としたわけである。少し皮肉にいえば、いまの大学は路線バスのようなものといってよいかもしれない。運転手は先生であり乗客は学生である。路線バスの行き先はさまざまである。大学でいえば、文学士行きもあれば、工学士行きもある。乗客は入学金や授業料という料金を払ってバスに乗る。運転手はつぎつぎ停車場(大学でいえば学問上の業績)に一時ストップをする。こうして日本の大学は卒業駅まで輸送してくれるわけである。